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エアアジアで行った名古屋の旅~その13 尾張名古屋は城で持つ

護国神社を出て名古屋城へ向かう。愛知県警や名古屋高等裁判所などが立ち並ぶ官庁街。名古屋城の三の丸に当たる。

街路樹の素晴らしい片側5車線の道路をずいぶん歩いて、やっと名古屋城西の丸入り口に着いた。

出来町通り

元は今川の城があった所で、織田信秀(信長の父)の時代に那古野城(なごやじょう)と呼ばれるようになった。信長は多分(勝幡城で生まれたという説もあり)ここで生まれている。信長が清洲に移った後は廃城となる。

昭和5年まで離宮だった

関が原の後、家康は天下普請により那古野城の跡地に名古屋城を築城。大阪城と同じやり方。

大阪人は今でも大阪城を豊臣の城と認識しているが、名古屋の人は、名古屋城は織田の城ではなく徳川の城と認識しているようだ。名古屋人は大阪人より少し偉い。

地下鉄の1日乗車券を提示して2割引きの400円で入場。

西の丸正門

西の丸に入るとすぐに金鯱(きんしゃち)のレプリカと、大きな花崗岩が展示されている。高さ1.5メートルほどの柱状の石。「た中ちくご守石」と刻まれている。「た中ちくご守」とは、筑後柳川藩、田中忠政のことらしい。西の丸の担当は筑後柳川藩。はるばる柳川からご苦労なことである。

た中ちくご守

梅林の中を通り抜けて内堀の縁まで来た。内堀は空堀になっている。天守台の扇石垣は加藤清正の担当。

御深井丸(おふけまる)を抜け本丸へ。天守閣に登る。天守閣は鉄筋コンクリート7階建て。内部はお約束の博物館的展示室となっている。

昭和34年再建

吹き抜けの階段を頑張って7階まで登る。汗びっちょり。最上階の展望スペースから名古屋市内が見渡せる。北方に4発のプロペラ機が2機、編隊を組んで飛んでいる。小牧基地のC-130と思われる。遠くに雪を被った御嶽山も見えた。

階段 
天守からの眺め 
てれぼーくん 
展示コーナー 
清正石

階段を降りながら各階の展示品をチラッと見学。特記するものなし。

天守の東側では本丸御殿が復元建築中。公開は5月末からとか。帰りは二の丸を経由。現在は庭園と愛知県体育館になっている。

青松葉事件之遺跡碑  

「青松葉事件之遺跡」と刻まれた石柱が立っていた。青松葉事件とは何ぞやと調べてみたが、いまいち良く分らない。どうも徳川慶勝が行った?尾張藩内部佐幕派の粛清のようだ。佐幕派と見られる藩士14名が斬首されている。事件の真相は未だ明らかになっていないらしい。

二の丸東門  

東門から出場。地下鉄市役所駅まで歩く。(つづく) 


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