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エアアジアで行った名古屋の旅~その12 東照宮と護国神社

大須観音駅から地下鉄で2駅、丸の内で下車。地上に出る。太陽が眩しい。

眩しい

丸の内と言っても、ここは外堀の外側。本当は「丸の内」ではない。

地下鉄丸の内駅

京町通りを西へ。「世界の山ちゃん」を過ぎて左に曲がると銅の鳥居が見えた。銅の鳥居を潜って東照宮の境内へ入る。

銅の鳥居

東照宮だから祭神は無論家康である。名古屋東照宮は家康の9男、尾張徳川藩初代藩主、徳川義直が家康の3回忌に建てた神社。神紋は三つ葉葵。どこの東照宮から勧請したのかは、説明版には書かれていなかった。

ボコボコ  

樹木に覆われた境内。木漏れ日がきれい。境内は月極駐車場として貸し出されているようで、石畳の参道脇にも車がボコボコ停まっている。神社経営も大変なのかな。

那古野神社  

東照宮に隣接して那古野神社(なごやじんじゃ、なごのじんじゃ)が鎮座している。隣接と言うよりは、同じ敷地内にあると言った方が正しい感じ。那古野神社の祭神はスサノオとクシナダヒメ。津島神社系の神社だ。神紋は木瓜。摂社に稲荷社、金山社など。

外堀通り  

外堀通りを渡る。上空には高速道路。外堀を渡る。樹木が繁っている。堀の中は草ボーボーで水はない。

本町橋 
空堀 

堀の内に入って左側に護国神社。愛知県護国神社をちょっと見学。

説明版によると、尾張徳川藩主、徳川慶勝(よしかつ)により、戊辰戦争で亡くなった藩士の霊を奉るために建てたそうだ。明治8年に招魂社(後の護国神社)となる。

愛知県護国神社

戊辰戦争での徳川軍は賊軍。朝敵である徳川の藩士を護国神社に奉るのは変だ。全国の護国神社の総本社、靖国神社には旧幕府軍側の戦没者は奉られていない。実は同じ徳川でも尾張徳川藩は新政府軍、すなわち官軍として戊辰戦争を戦ったのだ。

ちなみに、会津藩主、松平容保は徳川慶勝の弟というから皮肉である。

戦艦大和46センチ砲

境内の片隅に戦艦大和の46センチ砲弾があった。「戦艦大和祈念碑」と刻まれた御影石の台座の上に乗っかっていた。(つづく)


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