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エアアジアで行った名古屋の旅~その5 創祀千九百年大祭中

平日にしては参拝客が異常に多いような気がする。テレビ局も来ている。
何かのお祭り中のようである。拝殿の中にはスーツ姿の偉そうな人達がいっぱい。

またまた変な日に来てしまった。ゆっくり見学できない。
 
参道

しばらくすると派手な衣装の神官達がゾロゾロと出て来た。
スーツ姿の偉そうな人達が続く。巫女さん達がお神酒を振舞っている。

スーツ姿のおじさんにテレビ局が集って(たかって)いる。どうも見たことのある顔だ。
名古屋弁でみゃ~みゃ~と喋る河村たかし名古屋市長だった。
その日の宿泊先ホテルで知ったのだが、創祀千九百年大祭が行われていたようだ。
 
お祭り中

御守り売り場を覗く。通常サイズの御守りが1000円。ちょっと手が出ない。
神楽殿では備中神楽が奉納されていた。

お祭り中

熱田神宮は三種の神器の1つ、草薙神剣を奉る神社である。

景行天皇の息子であり、仲哀天皇の父である日本武尊(ヤマトタケル)。
西国を平定した後、倭姫命(ヤマトヒメ)から貰った草薙神剣を手に東国を平定する。
東国からの帰途、尾張の美夜受姫(ミヤズヒメ)と結婚。

美夜受姫と結婚した後・・・
なぜか草薙神剣を美夜受姫の元に置いたまま、伊吹山の神との対決に出かけてしまう。
素手で戦った日本武尊は病に倒れ、能褒野(のぼの)で没するのである。
美夜受姫と結婚した時、彼女は月の障りだったとか。ガマン出来なかったのか・・・

日本武尊の没後、美夜受姫によって草薙神剣がこの地に奉られたのが熱田神宮の始まり。
先に立ち寄った松妃社は美夜受姫を奉る摂社だった。

お祭り中

今川義元の侵攻を知った織田信長は、わずか数騎を従えて清洲城を飛び出した。
(もちろん、恒例の「敦盛」を舞った後だ)

熱田神宮に立ち寄り戦勝祈願の後、桶狭間へと向かう。
桶狭間での勝利の御礼に寄進したのが先ほど見た信長塀である。

合戦の場、桶狭間に着く頃には、織田軍の兵は2千程になっていた。
勢い良く騎馬で飛び出した信長に、徒歩の足軽たちが追いつける筈はない。
いったい何時間戦勝祈願していたのだろう。

実は、信長は熱田神宮で時間調整、足軽たちが追い着くのを待っていたのである。
清洲と桶狭間の間に神剣を奉る熱田神宮があったのは、戦意高揚的にもラッキーだったろう。

お祭り中

桶狭間古戦場にも行ってみたかったが、公共交通機関でのアクセスが困難。
又の機会に取っておくことにする。

オトーサンは今年で齢五十。又の機会などあるのだろうか・・・。(つづく)

人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり


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オトーサン

Author:オトーサン
昭和生まれのおじさん、九州地方の北の方生まれ
訳あって現在、北陸地方のとある町に出稼ぎ中

おはぎは絶対つぶ餡派です!
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