春分の日から1週間後の、いつもの里山
春分の日から1週間後、再び行ってきました・・いつもの里山。
前日は春の嵐、台風みたいな風が吹き荒れ、道の上は落枝だらけ。
たぶん前回と同じ枝、もう満開ですね。
一気に芽吹きが始まりましたよ、爆発的に春です。
キクバオウレンでしょうか、葉っぱがないので分かりません。
これはヒメカンスゲだと思う、つい最近、名前を憶えました。(^.^)
少なくなった残雪の上に、昨日の大風の置き土産、ポプリみたい。
ヒメリュウキンカをドアップ、目がチカチカしますね・・外来種です。
前回は1株しか見られなかったキクザキイチゲ、今回はコレ目当て。
午後から気温がどんどん上がって、みんな全開になりました。
こちらはゴージャスな八重タイプ。
紫色タイプもいいですね、ここまで開くと、やや品がないような。
そろそろカタクリが咲くはず、来週もたぶん行きます。

前日は春の嵐、台風みたいな風が吹き荒れ、道の上は落枝だらけ。

たぶん前回と同じ枝、もう満開ですね。

一気に芽吹きが始まりましたよ、爆発的に春です。

キクバオウレンでしょうか、葉っぱがないので分かりません。

これはヒメカンスゲだと思う、つい最近、名前を憶えました。(^.^)

少なくなった残雪の上に、昨日の大風の置き土産、ポプリみたい。

ヒメリュウキンカをドアップ、目がチカチカしますね・・外来種です。

前回は1株しか見られなかったキクザキイチゲ、今回はコレ目当て。

午後から気温がどんどん上がって、みんな全開になりました。

こちらはゴージャスな八重タイプ。

紫色タイプもいいですね、ここまで開くと、やや品がないような。
そろそろカタクリが咲くはず、来週もたぶん行きます。
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裏しまなみ自転車旅2011~その7 御手洗さんぽ・歴史の見える丘公園
御手洗は、江戸時代(徳川4代の頃)に開かれた、風待ち、潮待ちの港町。
瀬戸内を行き来する廻船や、時には外国船も寄港し、栄えたそうです。
それでは、自転車を押して、御手洗の町をさんぽします。

港町ですから、船員相手のサービス業、遊郭の跡なんかもありました。
御手洗では「おちょろ」という小舟で、停泊中の船に出向く、
今で言う、派遣型風俗業?も行われていたそうです。

伊能忠敬も泊まったという旧家、4月なのに、雛壇を飾ってました。

サンルームみたいな室内が暖かくで、ずっとここに居たくなりましたわ。
随分昔、テレビの深夜映画で「大地の子守歌」という映画を見ました。
原田美枝子が主演、13才で御手洗に売られて来た少女の物語。
当時17歳の原田美枝子さん、体当たりの演技、良い映画でした。
当時17歳の原田美枝子さん、体当たりの演技、良い映画でした。
この映画を見て以来、御手洗に行きたいと思っていました。

この時計屋さん、技術が素晴らしく、全国から修理依頼が来るそうです。

梅、じゃなくて、桜がぼちぼち咲いている、立派な天満宮がありました。
御手洗って、菅原ちゃんが手を洗った事が由来、かなと思いましたが、
なんと、神功皇后が三韓征伐の際に立ち寄ったからとか・・諸説あります。

海に面して建っているのは恵美須(蛭子)神社。

恵美須神社の鳥居、きっと、船で参拝するのが正しい。
それにしても良い天気、風も収まってきました。

ゆらゆら揺れる漁船の上に、カモメが1羽、止まっていました。

皆さんホントに~千福1杯いかがです・・千福って呉の酒だったんですね。

御手洗の町を見下ろす丘へ登ると、いらかの波と天満宮が良く見えました。
右側の崖の麓で、近年、遊女達の墓が見つかったそうです・・合掌。

歴史の見える丘公園、アニメ「たまゆら」の聖地の1つですね。 アニヲタじゃないよ
最近では、伊藤蘭ちゃんも、ここに来てましたね。

とても素敵な俯瞰風景ですが、勿体ぶってこれしか見せません。
是非、ご自分で行かれて、ご自分の目で見て下さいませ。
マトモな写真がこれしかなかったもので・・(^_^;)

今治方面の眺め、肉眼では薄っすら来島海峡大橋が見えました。(つづく)
弓の清水古戦場
櫛田神社から、車でほんの数分の所にある「弓の清水」に行ってきました。
ここが「射水」の地名の由来となった所では?・・・現地で確認です。
倶利伽羅峠の戦いの前哨戦、般若野(はんにゃの)の戦い。
その主戦場が、この、弓の清水辺りだったそうです。
大きな木の陰に誰かいますよ。
木曽義仲さんだそう・・ちょっとイメージ違うけど。 木曽の山猿
これが弓の清水の源泉地、きれいに整備されていました。
高さ10メートル位の崖の下、水が湧きそうな所です。
弓を射ったら水が出た!って、やっぱり「射水」でしょ。
清水は「しみず」じゃなくて、「しょうず」って読んで下さい。 誤:由美のシュミーズ
たぶん雪解けシーズン限定増量中、こんこんと湧き出ていました。
このまま飲むのはダメで、飲むなら煮沸せよと注意書きあり。
背後の崖に登ってみると、小さな祠とゲートボール場がありました。
射水の地名由来は、この「弓の清水」である!と確信しました。
が、ここ、ギリギリ射水市じゃなくて、高岡市なんですよ。
帰って調べて、えええ~って、スッキリしませんわ。
ほんの数メートル、どうしてそこに境界引いたかなぁ~って感じ
県道を挟んで鎮座まします常国神社、櫛田神社の兼務社だそうです。
御祭神は大山咋命と大己貴命、稲荷宮、八幡宮、神明宮を合祀。
拝殿の前には、A型落雪避けが設置されていました。
神馬です。
ここが「射水」の地名の由来となった所では?・・・現地で確認です。

倶利伽羅峠の戦いの前哨戦、般若野(はんにゃの)の戦い。
その主戦場が、この、弓の清水辺りだったそうです。

大きな木の陰に誰かいますよ。

木曽義仲さんだそう・・ちょっとイメージ違うけど。 木曽の山猿

これが弓の清水の源泉地、きれいに整備されていました。
高さ10メートル位の崖の下、水が湧きそうな所です。

弓を射ったら水が出た!って、やっぱり「射水」でしょ。

清水は「しみず」じゃなくて、「しょうず」って読んで下さい。 誤:由美のシュミーズ

たぶん雪解けシーズン限定増量中、こんこんと湧き出ていました。
このまま飲むのはダメで、飲むなら煮沸せよと注意書きあり。

背後の崖に登ってみると、小さな祠とゲートボール場がありました。
射水の地名由来は、この「弓の清水」である!と確信しました。
が、ここ、ギリギリ射水市じゃなくて、高岡市なんですよ。
帰って調べて、えええ~って、スッキリしませんわ。
ほんの数メートル、どうしてそこに境界引いたかなぁ~って感じ

県道を挟んで鎮座まします常国神社、櫛田神社の兼務社だそうです。
御祭神は大山咋命と大己貴命、稲荷宮、八幡宮、神明宮を合祀。

拝殿の前には、A型落雪避けが設置されていました。

神馬です。
春分の日に
春分の日、天気予報は曇り、今日はタイヤ交換でもやろうか。
って思ってたけど、窓の外を見ると、雲は多いけど日差しもある。
いつもの里山へ行きました。
もう桜が咲いていました・・・キンキマメザクラかな?
キクバオウレンだと思う、たくさん咲いていました。
コレを目当てに行ったので、出会えて良かった。
朝は冷えて寒かったけど、歩いているとポカポカ、暑い。
いつものように、下手くそ写真を大量生産しましたよ。
何の実かしら、ミニミニ洋梨みたい、苔のベッドに置かれてました。
色の少ない季節、椿の赤、ハッとする美しさ。
可愛い~って、思わず声に出て、地べたに這いつくばるジジイ。
ショウジョウバカマ、今年はちょっと遅い感じでした。
おみやげにフキノトウを少々摘んで、フキ味噌を作ってみました。
味噌がなかったので、即席みそ汁の味噌を流用しました。
水っぽくなったけど、味はまあまあ、白いご飯が欲しくなりました。
お彼岸なので・・こちらではおはぎのことを、半殺しって言うそうです。
米粒を半殺したらおはぎ、皆殺しにしたらお餅って事みたい。
かなり皆殺し寄りのおはぎでした。
って思ってたけど、窓の外を見ると、雲は多いけど日差しもある。

いつもの里山へ行きました。

もう桜が咲いていました・・・キンキマメザクラかな?

キクバオウレンだと思う、たくさん咲いていました。
コレを目当てに行ったので、出会えて良かった。

朝は冷えて寒かったけど、歩いているとポカポカ、暑い。

いつものように、下手くそ写真を大量生産しましたよ。

何の実かしら、ミニミニ洋梨みたい、苔のベッドに置かれてました。

色の少ない季節、椿の赤、ハッとする美しさ。

可愛い~って、思わず声に出て、地べたに這いつくばるジジイ。

ショウジョウバカマ、今年はちょっと遅い感じでした。

おみやげにフキノトウを少々摘んで、フキ味噌を作ってみました。
味噌がなかったので、即席みそ汁の味噌を流用しました。

水っぽくなったけど、味はまあまあ、白いご飯が欲しくなりました。

お彼岸なので・・こちらではおはぎのことを、半殺しって言うそうです。
米粒を半殺したらおはぎ、皆殺しにしたらお餅って事みたい。
かなり皆殺し寄りのおはぎでした。
裏しまなみ自転車旅2011~その6 ひばり座でお好み焼き
大崎下島に上陸、島の北岸を東を向いて走っています。
振り返って見る豊浜大橋、この辺は風裏で、温かくて快適でした。
小さな入り江を跨ぐ橋の上から、豊(ゆたか)の集落を見下ろす。
裏しまなみのルート上には、飲食店がほとんどない、メシの確保が重要課題。
そろそろ昼時、豊にお好み焼き屋があるそうで、そこで昼メシにします。
店の場所が分からなくて、集落内を少しウロウロしました。
とてもお好み焼き屋には見えませんね、そして、何やら怪しい雰囲気。
ご夫婦でやってる店で、焼いているのは、専らお母さんみたい。
入店、大きな鉄板、コンクリートの床、ビニル貼りの丸椅子、ワンカップ。
持ち帰り用に焼かれていたお好みが横流され、すぐに提供されました。
1枚500円だったか、シンプルな広島風、美味しかったです。
お好みを食い終えると、待ってました!とばかり、お父さんが現れて手招き。
奥の部屋に連れて行かれ、自身の作品、美空ひばりの鉛筆画を見せられた。
お父さん、美空ひばりの大ファンだそうで、神棚が「ひばり大明神」だそう。
帰り際、ひばり大明神の御朱印を書いて頂き、ありがたく拝受致しました。
書いてもらったユニークな御朱印は、今も大事に保管してますよ (^^)
片持ちの斜張橋は平羅橋、御手洗瀬戸に架かる3つの橋の1つ。
3つの橋を渡ると岡村島ですが、まだ岡村島へは渡りません。
島の東側に出ると、冷たい風が強くなってきました。
2つ目の橋、中の瀬戸大橋、架かってる島は、どちらも無人島です。
泊まっている船は、漁船じゃなくて農船、収穫したみかんを運ぶ船です。
豊の農家は「出作」と言って、本土沿岸にまで栽培に行ったそう。
本土のみかん山まで買い取って・・儲かってたんですねえ。
大崎下島~大崎上島を結ぶ、土生(はぶ)商船のフェリー、第五かんおん。
大崎上島~大三島の航路もあるので、しまなみ海道にも繋がります。
御手洗瀬戸、対岸は岡村島、風が強いのが分かるでしょ。
伝統的建造物群保存地区、御手洗の集落まで来ました。(つづく)

振り返って見る豊浜大橋、この辺は風裏で、温かくて快適でした。

小さな入り江を跨ぐ橋の上から、豊(ゆたか)の集落を見下ろす。

裏しまなみのルート上には、飲食店がほとんどない、メシの確保が重要課題。
そろそろ昼時、豊にお好み焼き屋があるそうで、そこで昼メシにします。
店の場所が分からなくて、集落内を少しウロウロしました。

とてもお好み焼き屋には見えませんね、そして、何やら怪しい雰囲気。
ご夫婦でやってる店で、焼いているのは、専らお母さんみたい。

入店、大きな鉄板、コンクリートの床、ビニル貼りの丸椅子、ワンカップ。
持ち帰り用に焼かれていたお好みが横流され、すぐに提供されました。
1枚500円だったか、シンプルな広島風、美味しかったです。

お好みを食い終えると、待ってました!とばかり、お父さんが現れて手招き。
奥の部屋に連れて行かれ、自身の作品、美空ひばりの鉛筆画を見せられた。
お父さん、美空ひばりの大ファンだそうで、神棚が「ひばり大明神」だそう。
帰り際、ひばり大明神の御朱印を書いて頂き、ありがたく拝受致しました。
書いてもらったユニークな御朱印は、今も大事に保管してますよ (^^)

片持ちの斜張橋は平羅橋、御手洗瀬戸に架かる3つの橋の1つ。
3つの橋を渡ると岡村島ですが、まだ岡村島へは渡りません。
島の東側に出ると、冷たい風が強くなってきました。

2つ目の橋、中の瀬戸大橋、架かってる島は、どちらも無人島です。

泊まっている船は、漁船じゃなくて農船、収穫したみかんを運ぶ船です。
豊の農家は「出作」と言って、本土沿岸にまで栽培に行ったそう。
本土のみかん山まで買い取って・・儲かってたんですねえ。

大崎下島~大崎上島を結ぶ、土生(はぶ)商船のフェリー、第五かんおん。
大崎上島~大三島の航路もあるので、しまなみ海道にも繋がります。

御手洗瀬戸、対岸は岡村島、風が強いのが分かるでしょ。

伝統的建造物群保存地区、御手洗の集落まで来ました。(つづく)
裏しまなみ自転車旅2011~その5 上蒲刈島から豊島へ
上蒲刈島の南岸を、東へ向かって走っています。
前方に、道路を跨ぐ、コンベアのような施設が見えてきました。
採石場がありました・・道路を跨ぐコンベアは、現役みたいですね。
仮面ライダーVSショッカーの皆さんが、戦闘しそうな所です。
このトンネル、映画「海猿」の中で、伊藤英明と加藤あいがチューした所。
バスがトンネルを通過する暗闇に紛れて・・可愛らしい場面だった。
たぶん上蒲刈島の中心、大浦地区、海の色がきれいでした。
豊島大橋への取り付け道路を登っていたら、軽い目眩を感じました。
向かい風のダラダラ登りでバテた、糖分を補給して無事に回復。
上蒲刈島と豊島(とよしま)を結ぶ豊島大橋、全長903メートルの吊り橋。
みかん畑の中、坂道を下って、今度は豊島の北海岸を走ります。
豊浜集落の貴布祢神社、海に面して建っています。
斎島汽船の浮き桟橋、大崎下島~豊島~斎島を結ぶ連絡船が発着するそう。
斎島(いつきしま)は、豊島の南6キロの所にある小さな有人島です。
全長543メートルの豊浜大橋、豊島と大崎下島を結ぶ橋です。
豊浜大橋を渡ります。(つづく)

前方に、道路を跨ぐ、コンベアのような施設が見えてきました。

採石場がありました・・道路を跨ぐコンベアは、現役みたいですね。
仮面ライダーVSショッカーの皆さんが、戦闘しそうな所です。

このトンネル、映画「海猿」の中で、伊藤英明と加藤あいがチューした所。
バスがトンネルを通過する暗闇に紛れて・・可愛らしい場面だった。

たぶん上蒲刈島の中心、大浦地区、海の色がきれいでした。

豊島大橋への取り付け道路を登っていたら、軽い目眩を感じました。
向かい風のダラダラ登りでバテた、糖分を補給して無事に回復。

上蒲刈島と豊島(とよしま)を結ぶ豊島大橋、全長903メートルの吊り橋。

みかん畑の中、坂道を下って、今度は豊島の北海岸を走ります。

豊浜集落の貴布祢神社、海に面して建っています。

斎島汽船の浮き桟橋、大崎下島~豊島~斎島を結ぶ連絡船が発着するそう。
斎島(いつきしま)は、豊島の南6キロの所にある小さな有人島です。

全長543メートルの豊浜大橋、豊島と大崎下島を結ぶ橋です。

豊浜大橋を渡ります。(つづく)
出町ふたばの豆餅を買って鴨川デルタでパクっ
京都で少し時間があったので、豆餅を買いに出町まで。
カムカムエヴリバディで登場する賀茂川の風景、植物園の辺りですよね。
ひなた役の川栄李奈ちゃん、AKB時代はパッとしなかったけど、 スミマセン
いい女優さんになりましたね、かわいらしいわ。
賀茂川を渡ると妙音辨戝天、鳥居が立ってるけどお寺さんです。
相国寺塔頭、大光明寺というお寺の飛び地なんだそうです。
弁天さんの前に立つ大きな柳、これが「出町柳」なのかしら。
出町ふたばに到着、店員さんが歩道上で行列整理してました。
写ってないけど、手前にあともう1往復行列が出来てます。
並ぶの嫌いですが、仕方なく最後尾に並びました。
待ってる間に店内を覗くと・・出来たての豆餅が並んでいますよ。
ショーケーズの上にも、いろいろと美味しそうなモノが並んでます。
豆餅の賞味期限は「当日」ですが、こんなのは日持ちしますね。
ショーケースのサッシ、真鍮製かな、使い込まれていい感じに摩耗してる。
出町ふたばは明治32年の創業、京都では「老舗」ではないですね。
創業者は加賀小松の出身、小松の豆餅を京都に持って来たそう。
20分くらい並んだかしら、無事に豆餅と桜餅をゲットしました。
行列は、途切れることはありません、いや、伸びてるわ。
鴨川デルタに移動、お行儀悪いですが、ここで豆餅を食います。
少量ですが、きれいに包装してくれて、こんなのが嬉しいです。
豆餅って、求肥じゃなくてお餅なんだそうで、それで「当日」なんですね。
絶対出来たてが美味しい、鴨川デルタで食うのが正解なのです。
桜餅は後で、もちろん関西風の桜餅でした。
京阪特急のプレミアムカー、出入口がゴールドやん。

カムカムエヴリバディで登場する賀茂川の風景、植物園の辺りですよね。
ひなた役の川栄李奈ちゃん、AKB時代はパッとしなかったけど、 スミマセン
いい女優さんになりましたね、かわいらしいわ。

賀茂川を渡ると妙音辨戝天、鳥居が立ってるけどお寺さんです。
相国寺塔頭、大光明寺というお寺の飛び地なんだそうです。

弁天さんの前に立つ大きな柳、これが「出町柳」なのかしら。

出町ふたばに到着、店員さんが歩道上で行列整理してました。
写ってないけど、手前にあともう1往復行列が出来てます。
並ぶの嫌いですが、仕方なく最後尾に並びました。

待ってる間に店内を覗くと・・出来たての豆餅が並んでいますよ。

ショーケーズの上にも、いろいろと美味しそうなモノが並んでます。
豆餅の賞味期限は「当日」ですが、こんなのは日持ちしますね。

ショーケースのサッシ、真鍮製かな、使い込まれていい感じに摩耗してる。
出町ふたばは明治32年の創業、京都では「老舗」ではないですね。
創業者は加賀小松の出身、小松の豆餅を京都に持って来たそう。

20分くらい並んだかしら、無事に豆餅と桜餅をゲットしました。
行列は、途切れることはありません、いや、伸びてるわ。

鴨川デルタに移動、お行儀悪いですが、ここで豆餅を食います。

少量ですが、きれいに包装してくれて、こんなのが嬉しいです。

豆餅って、求肥じゃなくてお餅なんだそうで、それで「当日」なんですね。
絶対出来たてが美味しい、鴨川デルタで食うのが正解なのです。
桜餅は後で、もちろん関西風の桜餅でした。

京阪特急のプレミアムカー、出入口がゴールドやん。
裏しまなみ自転車旅2011~その4 下蒲刈島から蒲刈大橋
下蒲刈島、三之瀬地区をゆっくりと通過しています。
雪国の雁木とは違って、瀬戸内の雁木は階段状の船着き場のこと。
この雁木は、福島正則が整備したもので福島雁木って言います。
ホンダワラっぽい海藻が、ユラユラ揺れていました。
のんびりとした三之瀬の町、道路は石畳風に舗装されています。
柑橘の無人販売、現地で買うと安くて美味しい、スーパーで買うのアホらしい。
まだ、先の行程が長いので、ここでは購入しませんでした。
松濤園という資料館、朝鮮通信使に関する展示が充実しているそうです。
岡村島までの時間が読めないので、今回は見学しませんでした。
岡村島から乗船するフェリーの時間に拘束されています。
たぶん漢詩の刻まれた石碑と、今回の相棒、20インチ折りたたみ6段変速。
九州に帰った時は今でも乗ってる、魔改造を施された鉄フレーム車です。
およそ輪行には向きませんが、乗り味はアルミ車より快適です。
下蒲刈島と上蒲刈島を結ぶ、蒲刈大橋が見えてきました。
しもかまがりじまとかみかまがりじまをむすぶかまがりおおはし
蒲刈大橋の下にいるのは、今回の旅の同行者、息子(当時15歳)です。
彼の愛車は26インチのクロスバイク、アルミ製、21段変速です。
オトーサンのより高級ですが、組み立てに1時間を要します(笑)
蒲刈大橋を渡り中、全長480メートルの農道橋です。
上蒲刈島に上陸、振り返り見る蒲刈大橋と、みかん畑。(つづく)

雪国の雁木とは違って、瀬戸内の雁木は階段状の船着き場のこと。
この雁木は、福島正則が整備したもので福島雁木って言います。

ホンダワラっぽい海藻が、ユラユラ揺れていました。

のんびりとした三之瀬の町、道路は石畳風に舗装されています。

柑橘の無人販売、現地で買うと安くて美味しい、スーパーで買うのアホらしい。
まだ、先の行程が長いので、ここでは購入しませんでした。

松濤園という資料館、朝鮮通信使に関する展示が充実しているそうです。
岡村島までの時間が読めないので、今回は見学しませんでした。
岡村島から乗船するフェリーの時間に拘束されています。

たぶん漢詩の刻まれた石碑と、今回の相棒、20インチ折りたたみ6段変速。
九州に帰った時は今でも乗ってる、魔改造を施された鉄フレーム車です。
およそ輪行には向きませんが、乗り味はアルミ車より快適です。

下蒲刈島と上蒲刈島を結ぶ、蒲刈大橋が見えてきました。
しもかまがりじまとかみかまがりじまをむすぶかまがりおおはし

蒲刈大橋の下にいるのは、今回の旅の同行者、息子(当時15歳)です。
彼の愛車は26インチのクロスバイク、アルミ製、21段変速です。
オトーサンのより高級ですが、組み立てに1時間を要します(笑)

蒲刈大橋を渡り中、全長480メートルの農道橋です。

上蒲刈島に上陸、振り返り見る蒲刈大橋と、みかん畑。(つづく)
裏しまなみ自転車旅2011~その3 下蒲刈島まで
2011年春の自転車旅2日目、いよいよ裏しまなみ海道へ。
裏しまなみ海道、正式には「安芸灘とびしま海道」と呼ぶらしいです。
瀬戸内の7つの橋を渡って、岡村島までアイランドホッピング。
本家、しまなみ海道みたく、サイクリング道は整備されていませんが、
車も自転車も少なくて、のんびりと走れる良いコースでした。
マップは、ひろしま観光ナビさまからの借り物です
呉駅前の「快適な」ホテルを出発、呉市内を東へ、仁方を目指します。
雲ひとつない良いお天気は良かったけど、終日向かい風、辛かった。
休山半島の根元を、全長1.7キロの休山トンネルで横断。 ケツ撃ち
車道と歩道の間には仕切りがあって、安全快適な歩道。
もちろん、自転車通行可ですよ。
呉線広(ひろ)駅、背後の山は螺山(つぶやま)、標高230メートル。
山腹の、ピンクの点々は、きっと、山の桜が咲いているのでしょう。
仁方駅を過ぎて暫く走ると、巨大な吊り橋、安芸灘大橋が見えてきました。
この安芸灘大橋が、裏しまなみ海道の、最初の橋になります。
安芸灘大橋の料金所、普通車は730円、歩行者と自転車は無料です。
全長1175メートル、主塔の高さは119メートル、スマートな橋です。
ほぼ海上に建っているマンション、景色は良さそうだけど・・・
ホントに、窓から釣りができますねえ。
本土と下蒲刈島との間の海峡、女猫の瀬戸って言うんだそうです。
海峡にある小島が、猫の形に見えるから・・でも何故女猫?
女猫島には、安芸灘大橋の橋脚が建っています。
安芸灘大橋を渡って下蒲刈島(しもかまがりじま)に上陸。
しもがまかり、しもがまがり、しもかまかり?ムズいわ
大津湊の船溜まりと、対岸は上蒲刈島です。(つづく)

裏しまなみ海道、正式には「安芸灘とびしま海道」と呼ぶらしいです。
瀬戸内の7つの橋を渡って、岡村島までアイランドホッピング。
本家、しまなみ海道みたく、サイクリング道は整備されていませんが、
車も自転車も少なくて、のんびりと走れる良いコースでした。
マップは、ひろしま観光ナビさまからの借り物です

呉駅前の「快適な」ホテルを出発、呉市内を東へ、仁方を目指します。
雲ひとつない良いお天気は良かったけど、終日向かい風、辛かった。

休山半島の根元を、全長1.7キロの休山トンネルで横断。 ケツ撃ち
車道と歩道の間には仕切りがあって、安全快適な歩道。
もちろん、自転車通行可ですよ。

呉線広(ひろ)駅、背後の山は螺山(つぶやま)、標高230メートル。
山腹の、ピンクの点々は、きっと、山の桜が咲いているのでしょう。

仁方駅を過ぎて暫く走ると、巨大な吊り橋、安芸灘大橋が見えてきました。
この安芸灘大橋が、裏しまなみ海道の、最初の橋になります。

安芸灘大橋の料金所、普通車は730円、歩行者と自転車は無料です。

全長1175メートル、主塔の高さは119メートル、スマートな橋です。

ほぼ海上に建っているマンション、景色は良さそうだけど・・・
ホントに、窓から釣りができますねえ。

本土と下蒲刈島との間の海峡、女猫の瀬戸って言うんだそうです。
海峡にある小島が、猫の形に見えるから・・でも何故女猫?
女猫島には、安芸灘大橋の橋脚が建っています。

安芸灘大橋を渡って下蒲刈島(しもかまがりじま)に上陸。
しもがまかり、しもがまがり、しもかまかり?ムズいわ

大津湊の船溜まりと、対岸は上蒲刈島です。(つづく)
散田金谷(さんでんかなや)古墳
石川県宝達志水(ほうだつしみず)町に座す散田金谷古墳です。
長閑な田園地帯に接する尾根の先端、小高い丘の上に鎮座。
天神さまを目印に近所を探索、こんもりとした土饅頭を見つけました。
散田金谷古墳、直径20メートルほどの円墳、6世紀末の築造。
明治時代に発掘され、出土した鉄剣や土器などは、東京国立博物館に収蔵。
横穴式石室、見にくいけど家形石棺が置かれています。
いい古墳です・・・円墳好き!
最初は分からなかったけど、立派なエントランスがありました。
隣接する古墳公園、たぶん小さな円墳があるのだろうけど・・・
余り手入れされてなくて草ボーボー、案内もありませんでした。
唯一見つけた、墳丘らしいモッコリです。
ストリートビューで見た古墳公園は、それらしい感じに見えますねえ~

長閑な田園地帯に接する尾根の先端、小高い丘の上に鎮座。

天神さまを目印に近所を探索、こんもりとした土饅頭を見つけました。

散田金谷古墳、直径20メートルほどの円墳、6世紀末の築造。

明治時代に発掘され、出土した鉄剣や土器などは、東京国立博物館に収蔵。

横穴式石室、見にくいけど家形石棺が置かれています。

いい古墳です・・・円墳好き!

最初は分からなかったけど、立派なエントランスがありました。

隣接する古墳公園、たぶん小さな円墳があるのだろうけど・・・

余り手入れされてなくて草ボーボー、案内もありませんでした。

唯一見つけた、墳丘らしいモッコリです。
ストリートビューで見た古墳公園は、それらしい感じに見えますねえ~
裏しまなみ自転車旅2011~その2 音戸瀬戸の渡し船
アレイからすこじまから工場地帯の中を走って、音戸の瀬戸まで来ました。
わずかな距離でしたが、自転車で走って楽しい道、ではなかったです。
上空には、建設中の第二音戸大橋(2013年に開通)が・・デカいなあ。
本土と倉橋島を結ぶ、音戸の瀬戸を跨ぐ、国道487号線の橋です。
こちらは、昭和36年に開通した音戸大橋、展望駐車場からの眺め。
航路の高さを確保するため、前後の取り付け道路は螺旋状です。
音戸大橋は自転車も通れますが、安全のため渡船を利用します。
音戸の渡し、日本一短い定期航路なんだそうです。
年季の入った木造船「つばめ」号に、自転車ごと乗船。
潮流の速い音戸の瀬戸、舳先を上流に向け、斜めに進んで行きます。
倉橋島側の乗り場、ほぼバラックですね。 スミマセン
桁下23.5メートルの音戸大橋と、松の木が1本生えてる伝清盛塚。
元暦元年(1184年)、清盛の功徳を称えるため建立されたそう。
音戸の瀬戸は清盛が開削して、船が通れるようになったのですが、
その際、当時は当然だった人柱を立てずに、難工事を完成させたとか。
橋の袂の鰯浜の集落、昔は鰯がたくさん獲れたのでしょうか。
再び渡し船に乗って、そろそろ呉の市街へ戻ります。
航海速力32ノットを誇る、石崎汽船の高速船スーパージェット。
最徐行でゆっくりと、音戸の瀬戸を通過して行きました。
昨年(2021年)の夏、2隻の渡船が相次いて破損して休止となり、
復活することなく、10月末をもって航路廃止となったそうです。
残念、もう一度乗ってみたかった。(つづく)
わずかな距離でしたが、自転車で走って楽しい道、ではなかったです。

上空には、建設中の第二音戸大橋(2013年に開通)が・・デカいなあ。
本土と倉橋島を結ぶ、音戸の瀬戸を跨ぐ、国道487号線の橋です。

こちらは、昭和36年に開通した音戸大橋、展望駐車場からの眺め。
航路の高さを確保するため、前後の取り付け道路は螺旋状です。

音戸大橋は自転車も通れますが、安全のため渡船を利用します。
音戸の渡し、日本一短い定期航路なんだそうです。

年季の入った木造船「つばめ」号に、自転車ごと乗船。

潮流の速い音戸の瀬戸、舳先を上流に向け、斜めに進んで行きます。

倉橋島側の乗り場、ほぼバラックですね。 スミマセン

桁下23.5メートルの音戸大橋と、松の木が1本生えてる伝清盛塚。
元暦元年(1184年)、清盛の功徳を称えるため建立されたそう。
音戸の瀬戸は清盛が開削して、船が通れるようになったのですが、
その際、当時は当然だった人柱を立てずに、難工事を完成させたとか。

橋の袂の鰯浜の集落、昔は鰯がたくさん獲れたのでしょうか。

再び渡し船に乗って、そろそろ呉の市街へ戻ります。

航海速力32ノットを誇る、石崎汽船の高速船スーパージェット。
最徐行でゆっくりと、音戸の瀬戸を通過して行きました。

昨年(2021年)の夏、2隻の渡船が相次いて破損して休止となり、
復活することなく、10月末をもって航路廃止となったそうです。
残念、もう一度乗ってみたかった。(つづく)
裏しまなみ自転車旅2011~その1 ちょこっと呉市内観光
コロナ自粛ではないのですが、最近旅行に行ってない・・ネタ切れです。
仕方ないので昔のネタをサルベージ、2011年の春に行った自転車旅です。
一応、旅行ブログを謳ってますからねぇ (^_^;) 古いネタですが、お付き合いを
東日本大震災の影響で、電車のモーターの部品、ブラシの不足が発生中。
そのせいで、山陽線の電車も減便でしたが、なんとか呉駅に到着。
もちろん18きっぷ利用、自転車は袋に詰めて輪行です。
呉駅前で自転車を組み立て、先ずは、大和ミュージアムへ行きました。
巨大な潜水艦は、てつのくじら館、海上自衛隊の展示館です。
道路を挟んで、大和ミュージアムの向かいにあります。
裏しまなみは明日から、今日は呉市内を観光します。
大和ミュージアムのメイン展示物、戦艦大和の1/10スケールモデル。
全長26メートル、船体は造船所で造って、進水式もやったそうです。
人間魚雷「回天」十型、こんなのに乗せられたらたまらんわ。
ゼロ戦62型、戦闘爆撃型、琵琶湖の湖底から引き上げられた機体。
末期には、500キロもの爆弾を積んで、特攻に使用された。
屋外展示の「しんかい600」は子供の頃、図鑑で見たなあ。
大和ミュージアムから少し走って亀山神社、桜が咲いてました。
宇佐から、国東の姫島を経由して、ここに遷座されたとか。
前から一度、行ってみたいと思っていた神社でした。
広い境内、元はここではなく、呉鎮守府建設の際に移転したとか。
おっちゃん達が花見中、昼間っから出来上がっていました。
歴史の見える丘から見下ろした、戦艦大和を建造したドック跡。
ドックは埋め立てられたけど、上屋は当時のものらしいです。
アレイからすこじまという公園から、停泊中の潜水艦が見えます。
烏小島はかつてあった島の名前、アレイは「小道」だそう。
潜水艦に魚雷を積み込んだクレーン。(つづく)
仕方ないので昔のネタをサルベージ、2011年の春に行った自転車旅です。
一応、旅行ブログを謳ってますからねぇ (^_^;) 古いネタですが、お付き合いを

東日本大震災の影響で、電車のモーターの部品、ブラシの不足が発生中。
そのせいで、山陽線の電車も減便でしたが、なんとか呉駅に到着。
もちろん18きっぷ利用、自転車は袋に詰めて輪行です。

呉駅前で自転車を組み立て、先ずは、大和ミュージアムへ行きました。
巨大な潜水艦は、てつのくじら館、海上自衛隊の展示館です。
道路を挟んで、大和ミュージアムの向かいにあります。
裏しまなみは明日から、今日は呉市内を観光します。

大和ミュージアムのメイン展示物、戦艦大和の1/10スケールモデル。
全長26メートル、船体は造船所で造って、進水式もやったそうです。

人間魚雷「回天」十型、こんなのに乗せられたらたまらんわ。

ゼロ戦62型、戦闘爆撃型、琵琶湖の湖底から引き上げられた機体。
末期には、500キロもの爆弾を積んで、特攻に使用された。

屋外展示の「しんかい600」は子供の頃、図鑑で見たなあ。

大和ミュージアムから少し走って亀山神社、桜が咲いてました。
宇佐から、国東の姫島を経由して、ここに遷座されたとか。
前から一度、行ってみたいと思っていた神社でした。

広い境内、元はここではなく、呉鎮守府建設の際に移転したとか。
おっちゃん達が花見中、昼間っから出来上がっていました。

歴史の見える丘から見下ろした、戦艦大和を建造したドック跡。
ドックは埋め立てられたけど、上屋は当時のものらしいです。

アレイからすこじまという公園から、停泊中の潜水艦が見えます。
烏小島はかつてあった島の名前、アレイは「小道」だそう。

潜水艦に魚雷を積み込んだクレーン。(つづく)
難波給食場でカツカレーを食ったぞ!
先日、アンドロイドのお姉さんに教えてもらった、ひみつの食堂を訪問。
アンドロイドのお姉さんと同じく、カツカレーを食って来ました。
御堂筋線なんば駅から地下街を通り抜けて、南海電車のなんば駅に到着。
田舎者は、梅田の地下はダメですが、ここは迷わずたどり着きます。
このエスカレーターは3階行き、2階に行きたかったので失敗でした。
関西なので「右」ですね、福岡は「左」で、富山はどっちでも。
とりあえず改札内に入って、適当なホームを和歌山方面へ進みます。
ホーム中程の階段(またはエスカレーター)を下って2階へ。
551と南海そば(3階にもあります)の間の通路を和歌山方面へ。
見覚えのある、何もなさそうなレンガの道を進むと・・・
ありました!南海電鉄の社員食堂、難波給食場へ通じる鉄の扉です。
鉄の扉を開けると、年季の入った案内板と、たぶん定食の献立表が。
ひみつの入り口を振り返ったところ、それにしても殺風景ですねえ。
お昼の時間は外したのですが、そこそこ社員さんがいて、撮影遠慮ぎみ。
ホールは、卓球台を3台置けるくらいの広さ、そんなに広くないです。
一般人にも開放されていますが、あくまでも社員優先です。
カツカレー、一般向け価格は440円、社員は420円だったかな。
一般人なので、隅っこのテーブルで、そそくさと食いました。
お味は、440円と思えば、十分美味しかったですよ。
ホームまで1分、乗れないと思ってた電車に、余裕で間に合いました。
アンドロイドのお姉さんと同じく、カツカレーを食って来ました。

御堂筋線なんば駅から地下街を通り抜けて、南海電車のなんば駅に到着。
田舎者は、梅田の地下はダメですが、ここは迷わずたどり着きます。

このエスカレーターは3階行き、2階に行きたかったので失敗でした。
関西なので「右」ですね、福岡は「左」で、富山はどっちでも。

とりあえず改札内に入って、適当なホームを和歌山方面へ進みます。
ホーム中程の階段(またはエスカレーター)を下って2階へ。

551と南海そば(3階にもあります)の間の通路を和歌山方面へ。

見覚えのある、何もなさそうなレンガの道を進むと・・・

ありました!南海電鉄の社員食堂、難波給食場へ通じる鉄の扉です。

鉄の扉を開けると、年季の入った案内板と、たぶん定食の献立表が。

ひみつの入り口を振り返ったところ、それにしても殺風景ですねえ。

お昼の時間は外したのですが、そこそこ社員さんがいて、撮影遠慮ぎみ。
ホールは、卓球台を3台置けるくらいの広さ、そんなに広くないです。
一般人にも開放されていますが、あくまでも社員優先です。

カツカレー、一般向け価格は440円、社員は420円だったかな。
一般人なので、隅っこのテーブルで、そそくさと食いました。
お味は、440円と思えば、十分美味しかったですよ。

ホームまで1分、乗れないと思ってた電車に、余裕で間に合いました。
櫛田神社とトンカツ定食
お正月に、櫛田神社に行った(お参りはしなかったけど)時、
そう言えば、富山にも櫛田神社があった事を、思い出しました。
曇り時々雪&みぞれの休日、重い腰を上げて行って来ました。
住所は射水市串田、射水って「水が出ずる所」って意味だそうです。
何故「射」の字を当てたのか・・もしかして木曽義仲に関係あり?
所々に大きな切り株・・以前は立派な杉並木の参道だったのですが、
平成16年の台風で大きな被害があり、伐採されちゃったそう。
以前の参道の写真はココで見られます
長い参道の先に石段、社殿は小高い丘の上に鎮座まします。
きれいに除雪された石段を上がると、正面に妻入りの拝殿が見えます。
右を向くと、古札納所と、奥の建物は大伴二三彌ステンドグラス記念館。
大伴二三彌さん、日本のステンドグラス界では有名な方のよう。
宮司さんの親戚で、その縁で、ここに建ったみたいです。
ステンドグラス記念館の見学はしてません・・スミマセン
二礼二拍手一礼しました。
正力松太郎謹書の扁額、正力松太郎さんは射水市の出身。
地元の酒蔵の薦被り、若鶴はまだ飲んだことありませんわ。
公式HPによりますと、朝廷にこの地に遣わされた武内宿禰が創建した古社。
大伴家持さんも、もちろん、この社を、勅使として参拝していますよ。
昔、この近くに大きな池があって、人食い大蛇が大暴れしていたとか。
食べた娘の櫛が喉に差さって、大蛇が死んだので、娘と櫛を奉った。
櫛田神社公式HPにはない話が、ウィキには書いてありました。
櫛田神社から南へ続く丘陵、縄文遺跡と、幾つかの古墳があります。
大きな池で大蛇が暴れていたのは、縄文時代の事だったのかなあ。
帰りに食ったトンカツ定食、マーキングしてた店だったけど、ハズレ。
思いっきり成型肉のトンカツ、煮玉子とご飯は美味しかったけど。
メニュー選択を誤ったか、再訪するか否か、考え中。
そう言えば、富山にも櫛田神社があった事を、思い出しました。

曇り時々雪&みぞれの休日、重い腰を上げて行って来ました。

住所は射水市串田、射水って「水が出ずる所」って意味だそうです。
何故「射」の字を当てたのか・・もしかして木曽義仲に関係あり?

所々に大きな切り株・・以前は立派な杉並木の参道だったのですが、
平成16年の台風で大きな被害があり、伐採されちゃったそう。
以前の参道の写真はココで見られます

長い参道の先に石段、社殿は小高い丘の上に鎮座まします。

きれいに除雪された石段を上がると、正面に妻入りの拝殿が見えます。

右を向くと、古札納所と、奥の建物は大伴二三彌ステンドグラス記念館。
大伴二三彌さん、日本のステンドグラス界では有名な方のよう。
宮司さんの親戚で、その縁で、ここに建ったみたいです。
ステンドグラス記念館の見学はしてません・・スミマセン

二礼二拍手一礼しました。

正力松太郎謹書の扁額、正力松太郎さんは射水市の出身。

地元の酒蔵の薦被り、若鶴はまだ飲んだことありませんわ。

公式HPによりますと、朝廷にこの地に遣わされた武内宿禰が創建した古社。
大伴家持さんも、もちろん、この社を、勅使として参拝していますよ。
昔、この近くに大きな池があって、人食い大蛇が大暴れしていたとか。
食べた娘の櫛が喉に差さって、大蛇が死んだので、娘と櫛を奉った。
櫛田神社公式HPにはない話が、ウィキには書いてありました。

櫛田神社から南へ続く丘陵、縄文遺跡と、幾つかの古墳があります。
大きな池で大蛇が暴れていたのは、縄文時代の事だったのかなあ。

帰りに食ったトンカツ定食、マーキングしてた店だったけど、ハズレ。
思いっきり成型肉のトンカツ、煮玉子とご飯は美味しかったけど。
メニュー選択を誤ったか、再訪するか否か、考え中。
正月休み帰省の旅~その18 あんかけスパ食って帰富
伊勢中川駅から名鉄名古屋駅まで、ビスタカーに乗車します。
コレに乗りたかったので、ここまでロングシートで辛抱しました。
勿論2階席ですよ、子供の頃からビスタカーの2階、乗ってみたかった。 (^^)
特急券はインターネットで購入、座席指定済み、チケットレスで便利です。
スマホに特急券を表示して待っていましたが、検札は来ませんでした。
落ち着いたので乗降口を見学、ぬいぐるみは志摩スペイン村のマスコット。
面白いけど、乗降には時間がかかりそう、2階建で車両の弱みですね。
鉄道車両、それも特急車の折戸って、萌えます。
窓ガラス上部がラウンドしてて、サンルームみたいで暖かい。
けど、眩しい、進行方向左側の座席にするべきだったかな。
JR東海名古屋車両区、新しい「ひだ」用の車両が停まっていました。
この7月から運用を開始、順次入れ替わっていくそうです。
わずか1時間ほどの乗車で近鉄名古屋着、もっと乗っていたかったです。
詰まっていたのかノロノロ運転で、特急らしい走りは余り楽しめず。
名古屋からは恒例の高速バスですが、その前に遅めの昼メシを食います。
昼メシは名古屋メシ、KITTE名古屋にあるヨコイに行きます。
あんかけスパ発祥の店、ヨコイに着くと、店の前に行列が出来てました。
仕方ないので素直に並んで、1時間近く待たされて、やっと入店。
名古屋らしく、エビフリャーの乗ったヤツを食いました。
いきなり高速バスの車窓、木曽川と、小さく岐阜城が写ってますよ。
これから進む山の方は、白い雲にどっぷり覆われていますねえ。
あんかけスパを食い終えて時計を見ると、バスの出発時刻10分前でした。
KITTE名古屋から名鉄バスセンターまで、名古屋駅前独り競歩大会。
ゆらゆら歩くアベック、よたよた歩くオバちゃんを、右に左にパス。
ひるがの高原SAでトイレ休憩中、バランスの悪い雪だるま。
松ノ木峠を越えると路面にも雪、ノロノロ運転で富山へ帰りました。
お正月仕様のナナちゃんに会えなかったのが、心残り。(おわり)
コレに乗りたかったので、ここまでロングシートで辛抱しました。

勿論2階席ですよ、子供の頃からビスタカーの2階、乗ってみたかった。 (^^)

特急券はインターネットで購入、座席指定済み、チケットレスで便利です。
スマホに特急券を表示して待っていましたが、検札は来ませんでした。

落ち着いたので乗降口を見学、ぬいぐるみは志摩スペイン村のマスコット。
面白いけど、乗降には時間がかかりそう、2階建で車両の弱みですね。

鉄道車両、それも特急車の折戸って、萌えます。

窓ガラス上部がラウンドしてて、サンルームみたいで暖かい。
けど、眩しい、進行方向左側の座席にするべきだったかな。

JR東海名古屋車両区、新しい「ひだ」用の車両が停まっていました。
この7月から運用を開始、順次入れ替わっていくそうです。

わずか1時間ほどの乗車で近鉄名古屋着、もっと乗っていたかったです。
詰まっていたのかノロノロ運転で、特急らしい走りは余り楽しめず。

名古屋からは恒例の高速バスですが、その前に遅めの昼メシを食います。
昼メシは名古屋メシ、KITTE名古屋にあるヨコイに行きます。

あんかけスパ発祥の店、ヨコイに着くと、店の前に行列が出来てました。
仕方ないので素直に並んで、1時間近く待たされて、やっと入店。
名古屋らしく、エビフリャーの乗ったヤツを食いました。

いきなり高速バスの車窓、木曽川と、小さく岐阜城が写ってますよ。
これから進む山の方は、白い雲にどっぷり覆われていますねえ。
あんかけスパを食い終えて時計を見ると、バスの出発時刻10分前でした。
KITTE名古屋から名鉄バスセンターまで、名古屋駅前独り競歩大会。
ゆらゆら歩くアベック、よたよた歩くオバちゃんを、右に左にパス。

ひるがの高原SAでトイレ休憩中、バランスの悪い雪だるま。

松ノ木峠を越えると路面にも雪、ノロノロ運転で富山へ帰りました。
お正月仕様のナナちゃんに会えなかったのが、心残り。(おわり)