オトーサンの忘備録(R50+)

 旅の記憶、その他諸々、ほぼ自分用の忘備録

温井ダム

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公私とも多忙につき更新が遅れ気味、スミマセン。 ~誰も待ってないぜ!


先日のブラタモリ@黒部ダム、とっても面白かったです。

黒部ダムってアーチダムなのに、堤体の両端が折れ曲がっている?
どうしてこんな形なの、変だなあ~と思ってました。 黒部ダムには行ったことはありませんが・・

お借りしました ←黒部ダム(画像は借り物です)
 
番組を見て、ほほ~っと納得できました。


で、以前行った温井ダムのことを思い出しました。
恒例のHDD引っ張り出し写真です。

温井ダム 

広島県安芸太田町加計に鎮座まします温井ダム。
アーチ式コンクリートダムでは、黒部ダムに次ぐ堤高156メートルを誇ります。

高~い 

ダムの上から下流側を見下ろすと、あまりの高さに〇〇〇〇がブルっとします。

アーチ式

管理事務所からエレベーターと階段を使って、ダムの内部に入れます。

階段 

真夏の暑い日でしたが、ダムの内部は15度程度で大変涼しい。

ダム内部  

もう自分がどっちを向いているのか分かりません。
連れがいたから良かったけど、独りではちょっと怖いかな。

鳴き龍 

鳴き龍スポットがありました。
拍手をすると音が何度も反響して、バシシシィ~んと返ってきます。

ダム下流広場   

見学トンネルを出てダム下流広場へ。 
今度は下から見上げます。

見上げる

中央やや下に見える、ジェットエンジンみたいな2つのノズル。
梅雨時など多雨の時季には、ここから派手に放流するみたいです。

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秋の京都2泊3日の旅2016~その6 常寂光寺

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常寂光寺へ続く小路、きれいな紅葉が少し残っていた。

紅葉

落ち葉の掃除をしている御婦人に挨拶をして通り過ぎる。
紅葉はきれいだけど、住んでいる人は大変だ。

常寂光寺

常寂光寺の山門を潜る。
料金所で拝観料400円を支払う。

終ってる 

山門から仁王門の間に続く緩やかな上り坂。
ここが紅葉スポットみたいだけど、見事に終わっている。

茅葺きの仁王門と紅葉の組み合わせは、きっときれいなんだろうな。

仁王門  

常寂光寺は、慶長年間に日禛上人により創建された日蓮宗の寺院。
小倉山の斜面に建っている。

振り返り

仁王門を潜って石段を上がると本堂がある。
本堂は小早川秀秋が伏見城の客殿を移築したものとか。

新築?

全く古そうに見えない。
つい最近建てられたお堂のように見える。

多宝塔

多宝塔の近くに時雨亭跡があるみたいだけど、
ちょうど外国人アベック観光客とかち合ってしまった。

時雨亭跡に行くのは止めておいた。

展望台

展望台まで登って来た。
嵯峨野の町が見下ろせる。

清涼寺

大屋根は清涼寺だろうか・・・結構ごちゃごちゃしているな。
オトーサンの抱く「嵯峨野」のイメージとはちょっと違うな。

鐘楼の前を通って紅葉の斜面を下る。

終ってる

不気味なレリーフが埋め込まれた石碑があった。
これは何なんだろう、ちょっと関根勤(黒子時代)に似ていると思った。

関根勤?

藤原忠平の歌碑。

小倉山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの みゆきを待たらむ

藤原忠平

忠平って、あの時平(菅原ちゃんを左遷した人)の弟だった。
時平は悪い人だけど、弟さんは良い人だったみたい。(つづく)

秋の京都2泊3日の旅2016~その5 トロッコ嵐山駅とか

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野宮神社から続く竹藪をかすめて、大河内山荘の前を通る。

竹林

右手にトロッコ嵐山駅が見えてきた。
細い坂道を下ってトロッコ嵐山駅の前に着いた。

坂道

トロッコ嵐山駅を少し覗いてみる。
山陰線と嵯峨野観光線との分岐点に設置された、嵐山観光鉄道の駅。

トロッコ嵐山駅

時刻表を見ると、間もなく下り列車が来るようだった。
暫し待つ・・・やがてゴロゴロとトロッコ列車がやって来た。

早朝の列車だけど結構な乗車率みたい。

トロッコ列車

嵯峨野観光線(旧山陰線)は単線。
本線(山陰線)は複線だけど、本線上に渡り線はなかった。
上り列車もそのまま下り線を逆行するみたい。

隣のトロッコ嵯峨駅まで少しの距離だ。
渡り線で下り本線を2度跨ぐより、逆行した方が手っ取り早い。

小倉池

トロッコ嵐山駅を出て小倉池の畔を歩く。

池の畔に御髪(おかみ)神社という小社があった。

御髪神社

日本で最初の髪結い、藤原ナントカさんを奉っている神社。
昭和36年に理容・美容業界関係者によって創建されたそうだ。

藤原ナントカさんは京都出身だけど、髪結いを始めたのは下関。
後に鎌倉に住んだそうで、この場所との縁は分からないな。

参拝しない

美容院の名前が入った玉垣と、
切実な願いが書き込まれた絵馬がたくさんあった。

オトーサンは今のところ大丈夫なので参拝しない。(つづく)